昭和42年03月08日 朝の御理解



 『信心をしておって、変わったことが起きてきたら、おかげと心得て信心せよ』と、おかげと心得えれるというところまで、信心を鍛えておかなければ、鍛わなければいけません。でも、力でも鍛えた力というものは、いざという時に役に立つけれども、鍛うてないものはは、いざという時に挫折する、折れてしまう。ですから、ここんところを、しっかり鍛うておきませんと、いざという時に役に立ちません。
 信心の稽古というのは、いうなら、そうした信心しておっても、変わったことが起こって来た時に、それを有難い心で、又は、元気な心でそれを受けさせて頂く稽古というても過言ではないのです、信心とは。それに、信心しておっても、この様なことになってと言うて挫折したら、信心しておる値打ちはないことになりますね。何故、そうでなければならないかというとですね。
 そういう、信心しておって変わったことが起こってきたら、おかげと心得てと仰ることはですね。教祖の神様御自身もそういう体験をお持ちになっておるのであり。これは絶対の信を持って、信念をもって、これを教えておられることなんです。それで、教祖の神様の御信心を頂いて、私がおかげを蒙っておる訳でございますけれども、私自身も、これだけは絶対のものだと確信しております。
 それは、私の、ここ十六年間の信心の歩みというものを、皆さんが思うて下さったらいいのです。それは、様々なことがありました。本当に、これが雨か風と思われる様な時がございましたけれども。そこのところをです、元気な心で受け切っていくところに、次の、おかげが展開してきております。今迄思いもかけなかったおかげが頂けてくる様になって来るのです。
 ですから、言い換えますと、いうなら、変わったことが起こって来た時にはです、もう、おかげ間近しというてもいいのです。そのおかげが間近いという、その難関をですよ。難関というか、その関所とでもいうでしょうか、又、節とでもいうでしょうか。そこを、しだごだになったら、次のおかげがしだごだになることだけは、又、間違いないことでございますよね。
 これは、教祖の神様ではなくても、教祖の神様の御教えを頂いとったから、そうでございますけれども、はっきり、なるほど、信心して変わったことが起ってきたら、おかげと心得さして頂けれるというころまで、だから、一つ信心を頂いておかなければならん。いや、鍛えておかなければならないということなんです。そこを、私は、何時も、何年も前でしたね、天行地行と言うことで頂きました。
 天行地行、天と地がひとつになる。そこから、鶴と亀とが舞い遊ぶ様なおかげにもなるとこう仰る。天行というのが例えばこれは信心しておっても、信心しておらなくても、信心が薄くても強くても同じことなんですよ。雨が降るとか、風が吹くとかということは、信心しよるけん雨があすこは少なかてなことはないでしょうが。けども信心しておる者は、その雨やら風やらをね、利用することが出来るということなんです。
 例えば、船を出します。平穏無事である、風も何ーもないという時には、いくら帆を上げとったって、大したことありゃしません。けども、風が強うてなってくる。強うなってくれば、強うなってくるほどです。例えて申しますと、平家物語ですかね。あの源義経ですか、義経があの、屋島に上陸した時なんかがそうだったですね。もう、普通であったら、あれだけの少ない兵隊でです。
 そしてあんなに短期日の間に、いわば勝利を得ることは出来なかったんです。もう多くの兵士はこの雨風に、とてもあの屋島迄行くてんなんてん。その間に船は転覆するだろうと言った。それで来んもんな来んでええ来るもんだけは、自分に続いて来いというて、船を出したんです。ですから普通でいうならば一日でも、一日もかかる様なところを、ほんの何時間の間に、それこそ矢を射る様な勢いで進んだんです。
 もう敵もこういうその、風の時にですね。敵が攻めて来るとは思ってないもんですから、油断した。それこそその突風を利用したわけなんです。その代わりに、いわば帆の操り方が難しいということ。もう、ちょっと風が吹いて来ると、さぁその帆を下ろしてしまうという様なことでは、だから、折角のおかげが受けられる。いや、十年かかるところを、一年ででもおかげを受けようという様な、おかげの受けられるのにです。
 帆を下ろしてしまうという様なことでは、勿体無い話なんですけれども。さぁそこが日頃、稽古が出来ておらんと、鍛うておらんと出来んのです。この、風を利用して、この雨を利用して、この例えば、難儀なら難儀を利用して、信心を、矢を射る様な勢いで進めさせて行きよりゃ、もうお絶好のチャンスなんです。その、機会を疎かにする。私共が、いっちょ、こげな修行ばしょうと言うて、するのじゃなくてです。
 いわゆる、天行である。天が自然の中に求め給う修行なのである。ですから、そこんところをひとつ、山中鹿之助じゃないですけれども、我に七難八苦を与えたまえというくらいな、私は、自分の力を、いよいよ、テストしてみる。本当に時々はですね、自分の本当の力というものを、テストしてみる必要がありますよ。そして、やぁ私の信心というのは、こんなもんだなあと分かって、又、改めて信心の稽古をする。
 又、何かある。そん時にどっこいと受ける力があった時にです。はぁ自分は、このくらいな事は平気で受けれる様になってるんだなあということを体験して行けれる。私今度の検定試験の時に、それを本当に痛感いたしました。十二科目の科目の中に、勿論信仰関係のことが殆どでございましたけれどもです。本部の方から、こういう様うな問題集というものが沢山来とりました。
 これだけ勉強しときゃいわゆる完全に、これをマスターしときゃ百点が取れるという様な確信を持って、皆んなが勉強しておることなんです。何時の時でもその中から出ているですもん。繰返し繰返しですからそうとばっかり思うて、それこそ高橋さんが毎晩朝の二時頃迄、私に勉強さして下さったことも、そのことばっかりであった。ところが案に相違してからその問題集からは全然出なかったんですからね今度は。
 ですから他の受験生はもう本当に裏切られたと言うてから、腹かいとりましたよ。ところがどっこいこちらはですね、私はその大体が信心が好きですからね。もう宗教関係の本なんかは、もう本当に読みあさっております。日頃そのことが好きなんですからあの大抵のことはよう分かっとる訳なんです。今度の問題は大変に難しいです。例えば今の学院の先生方であろうが、本部教庁に勤めておられる偉い先生であろうがです。
 この問題が出来るという先生はないでしょうちいう、その様に難しいから、どうぞ、しっかり腹を決めてから、かかって下さい。その皆さんの信心の姿勢をとりますと、態度をとりますという様なことを、一番始めに試験官が申しました。本当に、開いて見たところが、私共が勉強した問題が全然無かったけれどもです。私、それを見てから思うんですね。ははぁ、これならば出来るなとこう思うんです。
 ですから、私、本当に三日間の試験というものは、実に楽しい楽しいことでした。それが、やはり自分の力を神様が提出させて下さったんです。日頃、信心に対して、お道の信心に対して、どのくらいの勉強、ものが内容としてあるかということを、例えば、これから試験が出ます。それだけを勉強するとだったら、勉強さえすりゃ、ある意味合いで誰でも出来るという感じでしょうが。
 けれども、抜き打ち的な、そういう問題がです。日頃にそれを鍛うておるから出来たんです。まぁ出来たか出来んか分らんですけれども。昨日、大久保先生から祝電が参りました。合格あめでとうと。これは、古賀先生の師匠さんです。もう七十幾つになるお爺さんですね。一遍、ここへ見えたことがあります。良かったね大久保たかしと書いてございました。あちらの、本部の講師でありますから。
 恐らくは、その翌日、あちらに、昨日電報頂いとりますから、昨日行かれたことでございますね。本部に行かれたんです。そして、偉い先生方との色んな交流がありますから、私のこと聞いて下さったに違いないのです。そして出来とったから、だから内報の内報の様なもんですね。正式に御本部から受けたわけでもございません。それは、私自身がですね。学科の方だけは、それこそ、自信たっぷりでした。
 もう百点以上のものがつけられるなら、恐らく百二十点つけるじやろうと思うくらいによう出来たんですもん、自分ながら。然も、それが勉強しなくてもです。日頃、鍛うとったから、それが出けたんだということです。これは、学科だけのことじゃありません。実際の今度は、実施の問題だって同じことでしょうが。最近、ほんなら、椛目の上に起きてくる様々な問題、様々な難儀、最後的には。
 例えば、久保山先生のお国替え、総代さんの田代さんのお国替え、それこそ、私としても、へとへとする様なことが、しかも矢継ぎ早に、ところが、それをどっこいと受けていけれるでしょうが。そして、私の、心の底にあるものなんです。信心しておっても、変わったことが起こってきたら、ありがたいと心得て、そこんところ信心さして頂く、もう、おかげ間近しという気がするのです。
 今日、私、御神前に出らして頂きましたら、あの一番最後のお三宝の真中に、そばが色々お供えしてございますですね。下にしてあるのも、おそばなんです。上にこう盛ってあるのもおそばなんです。あれを、もうえらーいこう、大写しに御心眼に頂くんですよ。そばのお知らせはね、おかげ間近しという、おかげが傍だという風に感じるですね。ところが、そのおかげ間近しということがですね。
 神様がおかげを下さっておってもです、それを頂ききらなかったら出来ないでしょうが。おかげをやるぞと仰ってもです、こちらに受ける力がなかったら出来んでしょうが。昨夜の御理解頂いて下さると分かりますけれどもです。繁雄さんが、あちらにおい出られた時に、大きなお鉢に麦御飯が、二つの麦御飯をぽっぽしよるとを、おちってあるところを頂いた。どういうことじゃろうかと私にお伺いされた。
 神様にお願いをした。そしたら、神と氏子がままになることぞと頂きました。もう、例えば、私のことでも十六年間、もう一年目位から、それこそ高芝さんあたりは、その第一人者でありましたけれどもです、それこそ、御本部に、もう、それこそ、私の、いわば、教師のこと、ここの教会にならして貰うということを、それこそ、強行な談判が続けられました。それはもう十六年間、もう人が変わって参りました。
 そのことについてのけれどもそのことは、どうにも出来ない問題でした。いや検定を受けさせて下さいと言う事すらが出来ない問題でした。それがおかげで検定が受けさせて頂ける様にならして貰い、然も昨日電報もいうなら合格のおかげを頂けると言う事。私が教師の資格が頂けると言う事。けれども私が教師の資格を受けられた時には、もうすでに合楽にはああいう素晴らしいお広前までが出来ておったという事。
 神様のご準備というのは、それこそ、一分一厘の間違いもないことだということが分かるでしょうが。ですから、それをほんなら、繁雄さんが頂いとられる、神と氏子とがままよになる日が近付いてているんだということです。私が、教師になるとか、教会になるとかいうことは、もう切実なる神様の願いであるということと同時に、信者の何百人の信者さん達の、いわば、祈りでもあったんだ、願いでもあったんだと。
 昨日、聞き伝えてから、先生合格おめでとうと言うて、皆さんが言うて来てくださる。祝電がくる、あっちこっちから。私、それに対してです。先生おめでとうございます。ヤアーあめでとうございますと、私は、皆んなに申しました。ありがとうございますじゃないですもん。何故って、皆さんの切実なる願いなんだもの。神様の切実な願いだもの、その神の願いと氏子の願いが成就するのだ。
 しとるとだから、私は、皆さんにおめでとうという方が適当でしょうが。私が教師になるごたるてんなんてんいう事は、一辺でもないとですもん。親先生に私が申しました。私は、教師になろうてんなんてん思うちゃおりません。そげなこつばっかり言うたっちゃ出来んと言うて、まぁ言われるくらいに、私は、それを思うて来ましたんです。ですから、皆さんの願いと神様の願いが、なるほど成就した。
 そんなら、試験の翌日の朝には、神様がお知らせを下さっておってもです。こちらに、頂き止める何ものもなかったら、頂くことが出来んでしょうが。なるほど、麦飯的なものではあるかも知れませんけれども、神様がままになんなさった。私共もままになるということのお知らせが、そのままに、ここに現れて来よるということなんです。それを、私が、椛目的に起きてくる様々な問題もです。
 ほんに信心しょって、どうしてこげなこつ起こってくるじゃろうかと、今、椛目が一番大事な時に、椛目のいわば中堅、又は、椛目の指導に当たっておられるという人達がです。次々に亡くなられると、ま どうしたことじゃろうか。神様もいい加減なもんだと言うて、私が、悲観しておったんでは、そのおかげは受けられていないということ。これは、私の、修行時代というよりも。それ以前の私の机の前に、座右の銘です。
 書いて貼っておったのは、『節を元気な心で受けていく人は伸びる』と私は書いて貼っときました。それは、私、確信しとりました。節を、元気で受けていく人は、必ず伸びるんだと、信心しておって変わったことが起きてきたら、ありがたいと心得て信心せよと仰る。有難いと心得れるところまで、常日頃に信心の鍛えをしておかなければならないということ。そして、さぁ風だという時に、さぁ、慌て回って、もう青なってから、帆を落としてしまうことではなくて、いよいよ満帆ですね。
 その帆をはらんでそれこそ普通十時間かかるところを、一時間ででも矢を射る様な勢いででも、漠進していけれるおかげの頂けれるチャンスをです。見事にお互いが頂けていけれる力をですね、鍛うとかなければいけない。神様が求めたもうところの天行であるならです。私共大地にひれ伏した地行の信心をさして頂いて、これを受け止めていくところにです。鶴と亀が舞い遊ぶようなおかげにもなって来るんだと私は思うのですよね。      どうぞ。